新刊、食書評エッセイ集『味見したい本』(ちくま文庫)の発売日は12月12日の予定です。


コーヒー:
「同時期にフランスをテーマにした媒体はあっても、正面切ってコーヒーをテーマに掲げたミニコミはなかった(はず)と、自負しています」
1990年代末の京都で短くも美しく燃えた『nounous』『marie=madeleine』は、当時は珍しかったコーヒーリトルプレスです。雑誌のバックナンバーからコーヒーの歴史を辿る月一連載「棚からプレイバック」で、私が京都時代につくっていたその2冊をとりあげてもらいました (Click!) 。というのも「棚プレ」は、当時『nounous』『marie=madeleine』を一緒につくり、今は神戸で編集の仕事をしている田中慶一さんが書いているコラムなのです。かつて、レイアウトや編集の上で参考にしたのは、戦後間もなく創刊された雑誌、たとえば、下鴨納涼古本まつりで求めた『あまカラ』や、リニューアル前の『暮しの手帖』だったなあと思い出します。とはいえ懐古主義に陥らないように、今このときのコーヒー情報と、老舗喫茶の年表が同時にある誌面を目指していた、とも。


エッセイ:
画家・牧野伊三夫さんが発行する美術誌『四月と十月』で「玩具」と題したコラムの連載が前号よりはじまりました (Click!) 。第2回は、浅草でつくられる縁起物、今戸焼話その2です。ここでは主に郷土玩具レポートを書いていこうと思っていましたが、これからはタイトルどおり「玩具」だと捉えられるもの全般に広げていくつもりです。たとえばプロ野球カードとか、酒器とか。


書評:
『文學界』で、お酒書評「BOOKSのんべえ」連載中。
11月号掲載の第4回は、金井美恵子『小春日和』です。「あんたも二十歳になったばかりだってのに、内田百閒なんか読んでちゃ駄目じゃないの、もっとね、若者らしい本を読みなさい、今から、シブくなっちゃあ、しょうがない」と、そのとき38歳になる叔母が姪をたしなめる場面にさしかかると、渋さとはなんぞや、と、毎回考え込んでしまいます。この小説は「渋可愛い」作品だと思っているのですが、そういやこのところその表現自体、あまり耳にしないな、とも。

『サンデー毎日』で、食書評コラムを隔週連載中。
第62回は、小松理虔『新復興論』(ゲンロン刊)です (Click!) 
揺れる心を包み隠さず、きれいごとを排そうとする姿勢が、その土地の食べものについての言をストレートなものにしています。
第63回は、小山鉄郎『文学はおいしい。』(作品社刊)です (Click!) 
小説や詩の中から「食」にまつわる描写を探し出し、鑑賞し、分析した食書評コラム集という、私の仕事と限りなく近しい本です。